「立場」と「場」~仕事をスムーズに進める鍵~

もう「東大話法」にはだまされない 「立場主義」エリートの欺瞞を見抜く (講談社+α新書) [Kindle版]

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仕事に難渋することがある。その原因が、日本社会に蔓延する立場主義が原因なのだ。と見抜いている人はほとんどいない。

会話の中にしばしば登場する「立場」という言葉。「立場」上の意見がいつのまにか「自分」の意見として歪められている現実。

たとえば、部下が、もしくは立場的に自分より弱い人が、(もうこの言葉を記述することすら嫌なのだが)新しい提案をしたとする。それが、上司にであるあなたの意見に真っ向から対立するものだったとして、あなたはどうするか、考えてみてほしい。また、逆であったらどうだろう?(そのあたりのことは、上記の安冨教授の著作に詳しいので、ここでの掘り下げはやめておく)

 

仕事が円滑に進み、新しいアイデアに富み、現場が溌剌としている状態を維持する試みを、ある種、上に立つ人間は考えることが大切だ。

 

基本的には、この「立場主義構造」から脱却しないと、一時しのぎのガス抜きをしようが、いくら大声で恫喝しようが、こういった「場」を産みだすことはできない。所詮、自分より、能力の高い人間を潰したり、低い人間をバカにしたりで終わりである。そうなれば、良い仕事などできるわけがなく、よもすれば、その組織の存続自体怪しい。忘れないでほしい。まだ戦後、たったの70年しか経っていないのだ。(この現状が永遠に続くと信じている幸せな人は、どうぞそれに耽っていてください。この先、読んでもたぶん無駄です。)

 

若かりし日、こんなことがあった。
宅配便でバイトしていた時の話。とあるホテルのフロントに小さな小包を届けに行った。「サインお願いします」と言うと、チェックインの手続きをしているお客さんがそこにはいて、フロントマン(40~50歳くらいだったと思う)は、手が離せないらしかった。僕はもちろん、単に自分の身分を明かすために、「サイン」を頼んだだけで、先方の都合に合わせ待っているつもりだった。ところが、そのフロントマンは「そっちで、待ってろ」といきなりの命令口調。ちょっとおどろきながら、一歩下がって、宿泊客がはけるのを待った。手続きが終わると、彼は、「荷物だせ、どこにサインするんだ」と吐き捨てるように言い、小包を奪うように受け取った。僕は「ありがとうございました」と礼を言い、その場を辞した。車を運転しながら、『彼は、もしかしたら僕が宿泊客として現れることを想定できないのだろうか?』と彼の非礼よりもそちらに関心をもった。『なんなら、明日客として行ってやろうか、そしたらどんなリアクションをするのだろう?』

 

今思えば、彼は、このとき、「客」としての立場と「職業上」としての立場を使い分けたのだ。そして悲しいほどの人間としての器量の小ささを露呈してしまった。なお、言えば、そのホテルへの僕の信用を失墜してしまったのである。

僕はこの時20代前半であったが、こんな馬鹿な大人になるのはやめようと決心した。しかし、40代となって、こういう価値観が日本社会の構造的な問題であることを目の当たりにしている。

 

あなたが、発したその言葉の裏付けは一体どこにあるのか、それがもしある「立場」に基づいたものなら、今一度、外から自分のことを眺めてみてほしい。

人々が本当に欲しているものは、「立場」ではなく「場」だ。あなたも僕も含め。

社会派になれとか、新聞を読めとか、他人の立場になれとか、俺の身にもなってみろとか、お前は器じゃないとか、俺のころはとか、いまどきの若者はとか、お前のためを思ってとか、空気を読めとか、最低限なんとか云々….そんな言葉では結局片付かない。

自分自身の快適な「場」作り。楽しい日々。創造的な日々。そこにいる友人、仲間、楽しい会話。

そういったものが、仕事をスムーズに進める鍵であるし、社会のあらゆる問題を解決する鍵でもあると僕は確信している。

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