フクシマ2046

福島第一原発事故から4年。この間に、原発に関するかなりの量の書籍が出版された。政府や官僚、東電への批判もの、放射能汚染と健康被害に関するものなど分野も様々である。だが、今後の僕らの生活を予測する上での決定打となるような1冊はなく、情報も錯綜を続け、ますます混迷を来すばかりで、解決をみないまま。まさにカオスである。もはや、市民レベルでは、これから何がどうなっていくのか、予想は全く立たないと言っても良い。

そんな最中、烏賀陽弘道氏の最新刊、「原発事故 未完の収支報告書 フクシマ2046」がビジネス社より出版された。

51FGiA2WTXL

『放射能被曝による健康被害は立証されず、訴訟は立ち消え、住民は勝てない。』

衝撃的なキャッチコピーの帯が巻かれた本書は、スリーマイル島の現地取材から、フクシマの30年後を予測するドキュメンタリーである。35年前のスリーマイル島の原発事故と比較すれば、フクシマの未来がある程度予想できるのではないかと考えた筆者の着眼点は、これまでの不毛とも言える論争にひとつの決着をつけるのではと思えるほどに鋭い。

筆者はまえがきでこう語る。

『結論を先にまとめておきましょう。残念ながら、明るい話はほとんどありません。』 としながらも、『「フクシマとともに生きる未来予想図」を考えねばならないのです。』 『この本が、その「暗くて遠い海」を航海していく一助になることを祈っています。』

そうなのである。それが、あらかた予想がついていた結果であったとしても、スリーマイル島で起こった事故の経緯と、様々な科学的検証は、僕らにとっての一筋の光明になりうるかもしれない。そんな期待感をもって、僕はこの本を手に取り読み始めた。


東京に暮らす僕にとっての関心事は、放射能汚染が人体に及ぼす影響である。

『私が「TMI原発事故のその後」に注目した大きな理由も、この「健康被害」をめぐる泥沼のような論争の解決の手がかりが欲しいと思ったからだ。』

と、本文中にもあるように、本書は、疫学調査という側面から、3つの大学に取材を敢行し、かなり掘り下げた議論をしている。これについては、おそらく米本国においても、これまで精査されてこなかった問題にまで踏み込んでいるような印象を受けた。また、日本における疫学の位置づけについても書かれており、錯綜する情報を整理する上で、大変重要な指摘もあった。

加えて、興味深いのは、現在もスリーマイル島周辺で暮らす住民へのインタビューだ。

僕は、恥ずかしながらスリーマイル島の事故後、そこに人が暮らしているということすら知らなかった。実際にこれらを読んでみると、日本で暮らしていて、信用に足る情報がいかに少なかったのかよくわかる。想像や妄想に取り憑かれたような百人の言葉より、生きて語る一人の言葉の方が遙かに重みがあり、リアルなのだ。

僕らがまず知りたかったのは、「誰が悪いのか」という犯人捜しや、原発の是非を問うイデオロギー論争では無く、放射能は「安全」なのか「危険」なのか、これから自分たちの生活はどうなっていくのか、どう行動すれば良いのかという、非常にシンプルなものであったはずだ。それがこの4年間ですっぽりと抜け落ちてしまっていたことを、思い出させてくれた、そんなインタビューであった。


 

4年間、ここ日本で見落とされていた大切な視点と、35年後、米国でも忘れ去られようとしている事故をつなぐなにか。

それは、何かを頼りに生きていく不安から解放され、僕ら自身が、未来を生きていく力に他ならない。

今、烏賀陽氏とともに「知る旅」を終えた僕は、遠い未来にかすかな希望を抱きながら、そっと本を閉じた。

カテゴリー: BOOK タグ: , , パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中