世界の多様性はなぜ保たれるのか

今、考えていることに非常に近い一文があったので、紹介します。以下、引用
それを説明するためには、どうしても一つの仮説が必要です。実は社会の経済や政治のあり方までも決定するような影響力を持つ集団の価値観というものは弱い、希薄な価値観なのです。しかし、その希薄な価値観の存在が非常に大きなパワーを生んでいる。希薄な価値観はなぜ希薄かというとその地域で育った人が別の地域へ行って長く暮らしたり、あるいは次の世代になれば、新しく移った別の地域や国の価値観を採用するようになるからです。そのように希薄な、空気のような価値観が、職場や自分の付き合う仲間の間にある。それが実は非常に強い、一つの場所(テリトリー)を形成しているのです。個人はそれを長年の間に自分のものにしていきます。
~中略~
社会文化は集団を特徴づけることはできますが、個人をその社会文化で決定することはあり得ないからです。
~中略~
そういう意味で私の仮説は、人類は本質的に異なる民族や文化があるのではなく、多様性は事実として存在するが、それでも人間は普遍だという考え方に馴染みやすいのです。
(問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論 (文春新書) エマニュエル・トッド著 堀茂樹訳 p.245~246 より抜粋)
僕が今深く考えているのは、『(ある種希薄な)物語の共有による地域を限定する境界線と人間の行動や思考の関係性』です。
そこでいう「物語の共有」こそ、我々が考えるべき課題だったのではないかと、共謀罪が衆院を通過してしまったいま、痛感しています。
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