感動ポルノが国を滅ぼす

世田谷の中学生ジャズバンドのビンタ事件。「ビンタはありか、無しか」みたいな議論が白熱してますが、僕は違う視点から一言。

大人が何かを仕掛け、子どもたちが懸命に取り組み、それを見ている大人が感動する。こういった構造はこの国によく見られる光景です。たとえば、甲子園。たとえば、運動会。そういうテレビ番組も良く見かけますね。

問題は、この構造には必ず暴力が隠蔽されているということです。もっと言えば、大人たちは、子どもたちが肉体的、精神的ダメージにあえげばあえぐほど、感動する。僕からすれば、こんなものに付き合わされる子どもたちが気の毒で仕方ないです。スポーツだろうが芸術だろうが、大人のワガママのために子どもが犠牲になるのは極めておかしいです。

ジャズをやりたければ自分でやればいいんで、わざわざ枠組みを用意する必要ない。特に指導なんていらないはずです。自分で覚えますよ。それをあえてあの形でやる意味はまさしく感動ポルノだと僕は思う。

日本人が大好きな特攻に感動しちゃうマインド。この要素を考えてみれば、「若者」「命がけ(肉体的、精神的困難)」「みんなのため(集団性)」みたいなキーワードが抽出される。テレビの制作者はこういう仕掛けで番組を作れば人々は感動するとわかっていますよね。

戦前、戦後を問わず、こういう装置は日本のあちこちに見られます。そして、大人がこういう仕掛けを作り、子どもたちに「やらせれば」なにがしかの人格形成につながるとか建前を言うんでしょうが、ハッキリ言いましょう。そんなの嘘っぱちです。全く定量的に計れない。「良い人格」なんてものは誰にも定義できないんですよ。だから、本当は大人たちが子どもたちを苦しめ「感動」したいだけなんです。

オリンピック、甲子園、運動会、いやもう挙げるのはやめます。キリがない。

こういう構造で、あのジャズバンドは成り立っているから、日野さんは怒り、叩いたわけでしょう?あれは、旧日本軍そのままじゃないですか。そういう構造のものを見て、日本人は感動するんです。21世紀になっても。

これは右翼だ左翼だに関係なく、日本人が今もって理解しようとしない大きな問題の核です。このまま行けば、また、日の丸を振って若者を戦地に送りだしてしまうんだろうと、容易に想像ができる。

確かに戦争を指導した軍部、政治家、官僚、マスコミ、色々問題はあると思います。でも、もっと問題であったのは、感動ポルノという装置、構造に心を動かされてしまう我々市民だったのではないですか?

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Swimming Coach, Surfer, Musician http://twitter.com/ken1sawada/
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