成人式とおばあちゃんとライダース

ここに僕が愛用しているショット社製のライダースジャケットがある。ちょうど30年前、20歳の成人式前に「お祝いね」とおばあちゃんがくれた2万円で、手に入れた代物だ。当時、上野アメ横は安く皮革製品が手に入ると知られていて、正月明けの雑踏の中、友だちに付き合ってもらって買いに行ったことを覚えている。

おばあちゃんは、若い頃から耳が悪く、補聴器をつけてもあまり聴こえなかった。うちは二世帯同居だったので、おばあちゃんの耳のことは幼い頃からよく理解していた。だから、ゆっくり大きな声で話すということ以外、ごく普通に接していた。

働いていた母に代わり、僕や妹の食事や身の回りの世話をしてくれたのもおばあちゃんだった。家族がみなバラバラの時間帯で生活していたので、食事時におばあちゃんと二人になることも多かった。そんな時は、テレビを観ながらよく会話していた。

ある日のこと。Mr.マリックがブラウン管越しに「お茶の間にもハンドパワーを届けるので、スプーン曲げを一緒にやってみましょう。」という投げかけをした。僕は慌てて台所からカレースプーンを持ってきて、言われるがままこすったり、念じたりしていたのだが、驚いたことに本当にグニャグニャに曲がったのだ。その時その部屋にいたのは、おばあちゃんと僕だけ。その曲がったスプーンをおばあちゃんに見せ、「ほら!ほら!曲がったよ!」と言うと、にっこりしながら「すごいねえ」と一言。めちゃくちゃ薄い反応に思わず笑ってしまった。

結婚して生まれてはじめて家を出た。僕の食事の用意をする必要がなくなったおばあちゃんのことがずっと心残りで、時々、家に行っては様子をみたりしていたのだが、僕が家を出て数年で鬼籍に入った。

その時はじめて、耳の聞こえない世界のことを想像した。「どんなにか辛かったのではないか」「嫌な思いも沢山あったのではないか」考えるにつけ、涙が止まらなくなるのだった。そしてその思いは「僕がそばにいればいつまでも元気にいられたのではないか」という思いと複雑に絡み合い、僕は深く長い悲しみのトンネルの中で逃げ場を失った。

季節は秋から冬へ。誰もいない部屋で一人泣いていた僕の苦しみは、寒さから身を守るためのライダースジャケットに袖を通した時に不意に軽くなった。「いつまでもクヨクヨしていたらおばあちゃんが悲しむじゃないか」そう言ってくれているような気がした。

あれからずいぶん時は過ぎた。でも新しいライダースが欲しいと思ったことは一度もない。僕は知ったのだ。いつもそこに当たり前のようにあるものがもたらす幸せのことを。特別な感情を必要としない「特別な」繋がりのことを。


追伸。神様、僕の代わりにおばあちゃんに伝えてほしいんだ。30年前の成人式。晴着に袴着、スーツが集うその日に、ただひとり新品のライダーズジャケットを着て参加した僕の心がどれだけ晴れやかだったかを。ありがとうの一言を添えて。

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