ホワイトバード はじまりのワンダー

今年の最後に良い映画を観た。

人間社会は、何世紀にも渡り、権力者とそれに抗おうとする市民の階級闘争が続いていると考えるのが、妥当だと思う。強者と弱者と言い換えることができるとするなら、国同士の争いから、人権に関わるマジョリティとマイノリティの関係、人とそれ以外の動物の関係もそれに準ずるだろう。

階級闘争を終わらせるために、70年代までは、労使の話し合いが行われたりしてきたが、レーガノミクス以降は、金の流れが圧倒的に権力者に有利になってしまったことから、抗うよりも、恭順する方が生存戦略的に良いと考える人間が増えてきてしまったのは言うまでもない。

勝ち組やセレブに群がる人々。いつのまにか、そういった生き方が、誰しもの憧れになり、社会の公平化や公正なあり方を議論することが仕事であるはずの、政治家までもがそもそもセレブであったり、セレブの仲間入りをしたかのような振る舞いをあからさまにするようになった。

誰もが、権力を志向し、また行使して、カーストの上に立とうとする。それが叶わない人々は、苦々しく思っていても抗おうとしない。自分を守ることで精一杯だ。けれど、この映画における、片足が不自由なジュリアンは、そうではなかった。恐れず、知恵を尽くして、立ち向かう。自分が死の淵に立たされるとしても。

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