講師の仕事

年に一回、水泳指導者資格講習会の講師をする仕事をしている。一部オンラインで行ったが、やっぱり顔が見えないのは慣れないなあ。来年は普通な感じでできるといいのだけど。

一所懸命聴いてくれた受講生のみなさん、ありがとうございました。がんばって合格してくださいね。報告待ってます!

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大コメ騒動

「米騒動」の裏側には女性たちの活躍があった!井上真央 主演最新作。101年前に富山で起こった「米騒動」の史実に基づく痛快エンタテインメント!本木克英監督(『超高速!参勤交代』)作品。2021年1月8日(金)全国公開!!《2021年1月1日(金)富山県先行公開》
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今回、紹介する映画は「大コメ騒動」!実はこの映画、富山県を全面的にフューチャーした映画なのです。これは観なくてはならない!早速、行ってきました。

なぜ富山にこれほど反応するかというと、僕の祖父は富山県出身。富山の血が流れている僕としては見逃せない作品なのです。(というか、普段、富山がクローズアップされることがなかなか無いとも言えますが…)

富山出身の役者さんも大勢出ていて、米の映画だけに、主題歌は米米クラブという凝り様。もうそれだけで興味が湧いてしまいます。

詳しい内容はぜひ観に行ってもらうとして、女性たちが社会を変えるというメッセージには強く賛同しました。

もうちょっと公開している映画館を増やしてほしい!期待してます!

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1986年4月

砂埃が舞うグランドに濃い紫色のヘルメットを被った大きな男たちが「ガチンガチン」と音を立てながら互いの身体をぶつけ合っている。時折大声を出したり、あらぬ方向へと転る楕円球を追いかけたりしながら。もうかれこれ30分、いや1時間くらいは経っただろうか。そんな光景を体育館につながるコンクリートの段に腰掛け、名も知らぬ、おそらく僕と同じ新入生と並んで眺めているのだが、僕らは決してその光景をいつまでも見続けていたいのではない。僕らの両脇に、大きな肩パットをつけた、いかにも屈強な男たちが腰を下ろし、僕ら越しに会話をしているから、動こうにも動けないのだ。

「I先輩、昨日の麻雀、やばかったんですよ、満貫手で張ってるって時に、あいつ役満張ってやがって」「で、いくら負けたんだよ、点5か?」「いや勝ちましたって」

新入生を挟んで交わされるリアルな高校生の会話にただただ黙っているしかできない僕は、レコードレンタル店のロゴの入った袋を胸の前で後生大事に抱えながら正面で繰り返される肉弾戦をじっと見ているしかなかった。

「少年、なに大事に抱えてるんだ?」まさか自分に話しかけているんだとは思わず、一瞬たじろいだが、僕の右にピッタリと座った”I先輩”は、明らかにこちらを見ている。「あ、えっとレコードです。今日返さないといけなくて…」「中、見せてみ?何借りたんだー?お!タンクの新譜じゃん!君、ハードロック好きなの?気が合うねえ!」「あ、はい…」内心、タンクなんてマニアックなバンドを知ってる人がいるなんてと高校生のすごさを感じながらその人の優しい口ぶりにちょっとドギマギしていると左の”K”と呼ばれている、どうやら2年生の先輩は、僕の左に座る新入生に何かを話している。そいつはどうやらウッカリした奴だというのは次の瞬間、判明した。

「というか、先輩たち、何してるんですか?練習しないんですか?」

「あーん?」

場が一瞬にして凍りつき、両脇の先輩たちの鋭い視線がそいつに注がれる。明らかに気分を害したようだ。マンガでしかみたことのない、こめかみに現れる交差点を見た気がした。いや、はっきり見た。

「君たちそこで見ていなさい。僕らが戻るまでそこを動いたらいかんよ。ふふふふふ」二人の先輩は地面に置いていたヘルメットをつかみ、おもむろに立ち上がり、グランドに走っていった。

砂だらけのグランド。校庭の一番はじの狭い空間にひしめき合うヘルメットを被った集団。KT高校アメリカンフットボール部。そう、僕がここに来たのは多分偶然じゃない。


「あ!澤田くん、アメリカンフットボールやらない?」桜も散りかけた入学式の日、月並みだが期待に胸を膨らませて正門をくぐり、校舎までの道を颯爽と歩く僕の正面に現れたのは中学の時のKさんだった。「私、アメリカンフットボール部のマネージャーなの。ね、フットボールやろうよ」「いや、あの、えっと…、ほかに入ろうと思ってる部活があるんで…」となんとなく言葉を濁し、残念がる先輩の横をすり抜け、再び歩き出す。心の声はちょっと興味があると言っているのに。そう、目に焼きついているのは第20回スーパーボウル。アメリカ中で大フィーバーを起こしたシカゴベアーズの勇姿だ。でも、水泳以外できない僕じゃ無理。まさかアメフトなんて…できっこない。

それから数日、人見知りな僕は放課後まで誰とも話すことなく、部活見学の時間に一人で校舎の裏に歩いていった。雑然と並んだ自転車の前で2人の男子生徒が小さい重りをつけたバーベルを持ち上げている。

「あのー、この辺で水泳部が活動していると聞いたんですが…」「え!入部希望者!?」「はい、一応…」「ね、ね、君、何秒で泳げるの?」「100m自由形で1分切るぐらいすかね…」「やったー!」歓喜の声をあげる先輩たちに戸惑う僕。「これで我が部も宿敵SW高校に勝てるぞぉぉ!」「で、あの先輩たちは何をやってるんですか?練習はどうしてるんですか?」「プールは夏だけ。冬は筋トレ!」こりゃ、ムリだ。いや、絶対ムリだ。速くなるわけない。

1986年4月は76年ぶりにハレー彗星が地球に接近した。天文少年っていうほどでもないが、定期的に五島プラネタリウムに通っていた僕にとっては、まさに世紀の天文ショーで、望遠鏡でみたいという思いが強かった。水泳部にゲンナリした僕が次に向かった場所は体育館横の比較的新しい建物の理科室、天文部だ。新入生説明会にはざっと20名くらい集まっていて、水泳部とは雲泥の差だった。しかし、説明会が始まるや否や僕の野望は見事に打ち砕かれる。「新入生にはハレー彗星は見せません。」

がっかりした僕の耳にロックがかすかに聴こえてくる。そうだ、視聴覚室では、軽音楽部が新入生歓迎ライブをやっているんだった。中学でバンドを組み、ギターを担当していた僕にはピッタリ来る部活かもしれない。でも、ロックと部活っていう取り合わせがなんともピンとこない。とりあえずと中を覗いてみると、髪を立て、古着のセーターの袖で手を隠したボーカルがシナロケのレモンティーを歌っていた。やっぱり違う。これも違う。

上の空で階段を降り、食堂の前を横切る。渡り廊下の向こうに紫色のヘルメットが見えた。にわかに運命的なものを感じ始めていた僕はふらふらとなにかに誘われるかのように体育館の脇に歩いていった。


I先輩とK先輩がヘルメットを被り、スクリメージと呼ばれる、実践形式の練習に参加した。I先輩はQBという花形のポジション。K先輩はWRというパスキャッチ専門のポジションだ。「レディ!セット!」I先輩の投げた楕円球は、大柄な男たちがもみ合う頭上をコマのように回転しながらスピードを上げて飛んでいく。それを走り込みながら芸術的に捕球するK先輩。息を呑む瞬間。さっき与太話をしていた2人とは別人だ。すごい。

やがて、練習が終わった。グランドに円陣を組んでヘルメットを脱いだ先輩たちが並んでいる。結局、最後までみてしまった。さあ帰ろうかと立ち上がった瞬間。再び両脇に先輩たちが陣取った。

「さ、行くか。」と腕を掴まれた2人の新入生はなすがまま円陣に連行されていく。「え、いや、僕まだ何も…」

練習を終えたばかりの先輩たちは、みな、汗と砂埃で顔が真っ黒だ。けれどイヤじゃない。むしろ清々しくて眩しかった。「さて、では新入生を紹介しまーす。今日から入部した…きみ名前なんだっけ?」笑いが渦巻く中、僕のこの先の運命が否応なく決まった。けれど、本当はそんなに悪い気はしていなかったんだ。これが、僕とアメリカンフットボールとの出会いだ。

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成人式とおばあちゃんとライダース

ここに僕が愛用しているショット社製のライダースジャケットがある。ちょうど30年前、20歳の成人式前に「お祝いね」とおばあちゃんがくれた2万円で、手に入れた代物だ。当時、上野アメ横は安く皮革製品が手に入ると知られていて、正月明けの雑踏の中、友だちに付き合ってもらって買いに行ったことを覚えている。

おばあちゃんは、若い頃から耳が悪く、補聴器をつけてもあまり聴こえなかった。うちは二世帯同居だったので、おばあちゃんの耳のことは幼い頃からよく理解していた。だから、ゆっくり大きな声で話すということ以外、ごく普通に接していた。

働いていた母に代わり、僕や妹の食事や身の回りの世話をしてくれたのもおばあちゃんだった。家族がみなバラバラの時間帯で生活していたので、食事時におばあちゃんと二人になることも多かった。そんな時は、テレビを観ながらよく会話していた。

ある日のこと。Mr.マリックがブラウン管越しに「お茶の間にもハンドパワーを届けるので、スプーン曲げを一緒にやってみましょう。」という投げかけをした。僕は慌てて台所からカレースプーンを持ってきて、言われるがままこすったり、念じたりしていたのだが、驚いたことに本当にグニャグニャに曲がったのだ。その時その部屋にいたのは、おばあちゃんと僕だけ。その曲がったスプーンをおばあちゃんに見せ、「ほら!ほら!曲がったよ!」と言うと、にっこりしながら「すごいねえ」と一言。めちゃくちゃ薄い反応に思わず笑ってしまった。

結婚して生まれてはじめて家を出た。僕の食事の用意をする必要がなくなったおばあちゃんのことがずっと心残りで、時々、家に行っては様子をみたりしていたのだが、僕が家を出て数年で鬼籍に入った。

その時はじめて、耳の聞こえない世界のことを想像した。「どんなにか辛かったのではないか」「嫌な思いも沢山あったのではないか」考えるにつけ、涙が止まらなくなるのだった。そしてその思いは「僕がそばにいればいつまでも元気にいられたのではないか」という思いと複雑に絡み合い、僕は深く長い悲しみのトンネルの中で逃げ場を失った。

季節は秋から冬へ。誰もいない部屋で一人泣いていた僕の苦しみは、寒さから身を守るためのライダースジャケットに袖を通した時に不意に軽くなった。「いつまでもクヨクヨしていたらおばあちゃんが悲しむじゃないか」そう言ってくれているような気がした。

あれからずいぶん時は過ぎた。でも新しいライダースが欲しいと思ったことは一度もない。僕は知ったのだ。いつもそこに当たり前のようにあるものがもたらす幸せのことを。特別な感情を必要としない「特別な」繋がりのことを。


追伸。神様、僕の代わりにおばあちゃんに伝えてほしいんだ。30年前の成人式。晴着に袴着、スーツが集うその日に、ただひとり新品のライダーズジャケットを着て参加した僕の心がどれだけ晴れやかだったかを。ありがとうの一言を添えて。

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フローズン・リバー

本日、紹介する映画は、2010年公開 フローズン・リバー(原題 FROZEN RIVER 公式日本語サイトはすでに閉鎖)。Amazon Primeでの鑑賞記録です。

まず、無知を承知で告白するのだが、ニューヨーク州は結構広く、カナダと国境を接する地域があることを知らなかった。僕らがよく口にする「ニューヨーク」は「ニューヨーク市」のことであって州のことではない。日本に住んでいてアメリカ通を自認していてもこういうことを知らない。恥ずかしいことだが、映画を通じて学ぶことは実に多い。

なので、映画としては珍しく、ニューヨークが舞台であっても摩天楼は登場せず、川も凍るほどの田舎が舞台だ。そして、モホーク族の居留地が物語のもう一つの舞台となる。

ネタバレ投稿は好きではないので、これ以上の詳細は書かずにおきたいが、触りだけ紹介したい。

この映画の公開は2008年(日本公開は2010年)。当時より現在の方が悪くなっているかもしれないが、貧困地域に住む人々の環境は劣悪だ。この映画の主題はそこにある。主人公は、旦那に逃げられ、子供と借金(実際にはローンの残金)だけが残っているパートで働く主婦と、居留地のトレーラーハウスに暮らす先住民族の若きシングルマザー。

物語は二人が密入国を手助けし仲介料を手にすることによって展開していくが、密入国させる外国人は彼らよりさらに貧困である。地元警察官たちも主人公や密入国者の厳しい境遇を知っていて、彼らに同情すら感じている。

正義とは何か。罪とは何か。

幾重にもなる貧困の階層の底で彼らが掴もうとする儚い光は、人間として保障されるべき最低限度の幸福ではないのか。

この映画が語りかけるテーマは解決しがたく、あまりにも深い。

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スケート・キッチン

本日、紹介する映画は、2019年公開のスケート・キッチン(原題 Skate Kitchen) 。公開時、見逃してしまったのをAmazon PRIMEで借りて観た。

2020年、観た映画の中でスケートが中心に描かれていた秀逸な2本 “mid 90’s ミッドナインティーズ” “行き止まりの世界に生まれて“に引けを取らないストリート青春ムービー。2020年のガールズ映画といえば、ブックスマートが思い起こされるが、その中でもスケートボードに乗る女の子がフューチャーされていて、日本とは異なったムーブメントを感じる。

スケートボード映画に共通しているのはカッコいいライディング映像。この3作品はどれも素晴らしい。特にこのスケートキッチンでは、リアルなガールズスケートチームのメンバーが役者として演じていて、ドキュメンタリーとは違った面白さがある。

もちろん、スケートボードのシーンだけではなく、ティーンエイジャーとしての悩み、すなわち、友情、恋愛、家庭内の複雑な問題など、少女たちの視点で赤裸々に描かれていて、その繊細さに胸を打たれた。

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2021年 年頭にあたって

喪中のため、新年のご挨拶は控えさせていただきますが、新しい年を迎え、思うところを書き綴りたいと思います。

コロナウィルスの感染者数がいよいよ1300人というニュースが昨日入ってきました。深刻な状況であることは疑いようがありませんが、すでに国民の正常化バイアスは来るところまで来ているような気がします。僕自身、手洗い、うがい、マスクの着用、不要不急の外出をできるだけ避けるなど気をつけてはいますが、実際のところ、どこまでできているか全くわかりません。とにかく今は、伝染らないこと、伝染さないことを心がけ、日々過ごすしかないと考えています。一日も早い終息を願ってやみません。


コロナウィルスは、僕自身の生活にも様々な変化をもたらしました。例えばマスクは一つのファッションアイテムとして選ぶようになりましたし、文化やスポーツの大切さもより身に染みるようになりました。

中でも映画はステイホーム中から多く観るようになり、昨年1年間で386本鑑賞しました。もちろん人生で最も多い本数です。(その分読んだ本の冊数が減りましたが。)

身体と心の安定を図るため、5月からランニングも始めました。今は週2〜3回走っています。

それでも、悩みは尽きませんし、解決すべき問題も山積みです。果たしてどうすべきかと考えてばかりいます。

とりわけ、コロナによって可視化が進んだ自粛警察のような人々の存在は、コロナに限らず、社会の分断の象徴として、僕の心に爪痕を残しました。人それぞれの倫理観の差が原因として挙げられると思います。


倫理観の差は誰にとっても大きな問題です。僕は他者の考えはできるだけ受け入れようと思いますが、(間違った前提の上に立った考えは別です)「法」とは直接関係がない、善悪の感覚は如何ともし難い。

本来、この世界にあるものは、人類あるいは人類が築いたもの以外、善悪という概念を持ち合わせていないはずです。正しいライオンとか、間違った鳩とか、良い富士山とか、悪いカブトムシとか。けれど、人類は自分の考えを持つようになる過程で、良い人間と悪い人間がいると考える。僕はそういった、法とは無縁の善悪については本来存在しないと考えます。

例えば、挨拶できる人間は正しい、できない人間は間違っている、などとは考えない。つまり、自分(自分の考え)、あるいは一般論を基準に正しい、間違っているなどとは考えないということです。なぜなら、そこに分断の根があるからです。

正しさを他者に求めないこと。2021年はそのことがより大切になるのではないかと僕は思います。


さて、さしたる目的や目標、ゴールも持たない僕ですが、日々楽しく生きるためには今年も全力であたろうと思っています。変わらぬご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

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亡き父を偲んで

11月20日、父が亡くなった。79歳だった。

身体を悪くして、仕事もやめ、10年ほど前から家にいるようになり、大好きな釣りにも行けず、テレビばかり観ていた日々だった。

父が亡くなってから記憶の整理をしている。僕と父はどんな関係だったのか。何を話し、何を伝え、どんな出来事を共にしたのか。けれど、正直言ってあまり思い出せない。

検査で肝臓に癌が見つかり、年齢的な問題もあって、延命治療などはしなかった。最期はコロナで思うように見舞いもできず、とても気の毒だったが、最期はゆっくり衰弱していき、病気のことも知らず、苦しまず亡くなったことは、僕としては良かったと思っている。

亡くなる少し前に病院の配慮で見舞いができたが、その時にはもう僕のことはよくわからなかったようだった。

「いま、誰か会いたい人はいる?」と尋ねると高校時代の友人たちの名前をあげた。よく聞き取れない拙い話し方だったが、すぐに理解できた。「あいつらと飲みたい。無二の親友なんだ。」

僕は何を父から学んだのか、やはりまだよくわからないけれど、この最期の話は胸に刻もうと思った。

父の高校時代の友人はやはり病気と戦っている。父の遺影を撫でながら「澤田、俺ももうすぐそっちに行くからな」と語りかけていた。

父と交流のあった皆様へ

葬儀はコロナ禍でもございましたので、近親者のみが集い家族葬にて相済ませました。

故人が生前賜りましたご厚誼につきまして深謝申し上げます。本来ならば直接ご挨拶申し上げるべきところ、恐縮ではございますが略儀ながらこういった形でのご報告となりましたことを、深くお詫び申し上げます。

12月20日、四十九日の法要と納骨も済ませ、今は西多摩霊園にて亡き祖父、祖母とともに静かに眠っております。

父のことを時々でも思い出していただけたらうれしいです。父もきっと喜びます。あの巨体を揺らし、豪快に笑いながら。

追記 父の最後の仕事らしい仕事は、2003年の「顔」というフジテレビ系列のドラマ監修だったということを思い出しました。関係者の皆様、ありがとうございました。

顔 DVD-BOX https://www.amazon.co.jp/dp/B0000A8UYK/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_-hR5Fb0CH09YG

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冬のはじまり

寄れた波間で流されないように漂いながら、霊山を眺めている。

しばらく湘南はサイズが上がらず、なかなか足が海に向かなかったが、今週は月曜、水曜とサーフィンできて、久しぶりに気持ちがいい。

ここ一ヶ月くらいでだいぶ寒くなり、冬用のセミドライを引っ張り出した。スリーシーズン目に入り少々硬さも感じるが、これが無いとやはり冬は厳しい。特に今週は急に寒さが厳しくなってきたから余計だ。なんならブーツもそろそろだろう。

勘違いしてもらったら困るのは、冬の波乗りも悪くないということ。とりわけ晴れた日の冬のピンと張り詰めた空気は嫌いじゃない。今日みたいに波が落ち着かない日はどうせ泳ぎっぱなしで寒くなることもないし、ウェットスーツのおかげで暑いくらいに感じることもあるくらいだ。


こうして季節の移り変わりを感じながら、いつまでもいつまでもサーフィンして、毎日が同じように過ぎていったらどれだけ幸せかと思うことがある。

性格なんだろうか。決まったことを決まった通りにするのが好きだ。変化はあまり欲しくない。新しいものは好きだけど、自分の生活リズムが変わったりするのはとても面倒だ。ましてや、社会や他者との関係の中で訪れる変化はできれば避けたい。もちろん、そうはいかないのが人間の常なのだけど。

誰が悪いとか、俺のせいだとか、社会のせいだとか、取り止めもなく頭に湧き上がる言葉にうんざりする。今はせめて波に集中したい。それだけだ。

富士山の黒い地肌にダラダラと白い雪を垂らしたような冬らしくない出立ちも、このまとまらない、少しイライラしたような気持ちを逆撫でするかのようだ。


帰路の途中で良く立ち寄るラーメン屋のゆず塩味のスープだけが、いつもとか変わらず、ホッとする。どうせ、あと何日もすれば、嫌なこともすっかり忘れて日常が戻るのだ。まあ、いいじゃないか。今は、火傷気味な舌ですする熱いスープを楽しもう。

さあ、冬がはじまる。

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行き止まりの世界に生まれて

吉祥寺アップリンクで鑑賞してきました。洋画(これもちょっと死語か…)につけられた邦題について、これまでも時々思うところはあったけど、このタイトルは如何ともし難い。ある種のイメージを伝えすぎていて、作品のテーマから乖離している。観客は邦題、触れ込み、ポスターのイメージなど、知らず知らずのうちに先入観として持ってしまうから、作品の持つテーマと離れすぎているということは、バラバラの情報を統合する時間を要してしまうということに他ならない。少なくとも本作品では僕はそう感じた。

本当のタイトルは“Minding the Gap” (段差に注意しながら)。オープニング、スケートボードで街中を滑走し、華麗な技を決めながら段差を易々と超えていくそんなシーンとマッチさせたタイトルだ。だが、本作品のテーマとして描かれるGapは物理的なものではない。親と子、男と女、大人と子ども、人種、貧富、教育など、若者たちを取り巻く社会全体にある「格差」とそこから生まれる「暴力」についてだ。

本作品でデビューを飾る新鋭、Bing Liu監督はこのドキュメンタリーを通じ、自分自身が抱える心の問題を超えて行こう、解決しようと試みる。

公式サイトの監督インタビューを引用しよう。

明確になったことは、暴力と、暴力によってクモの巣のように広がる影響は、大部分で永続されてしまうということです。これらの問題は文字通りにも比喩的にも、扉の向こうに留まってしまうから。僕の願いは、『行き止まりの世界に生まれて』の中で扉を開いてくれた登場人物たちによって、同じようなことで苦労している若い人々が勇気をもらい、彼らがその状況を切り抜けられること、生きて、自分たちの物語を伝えられること、そして自分たちの力で人生を作っていけるようになることです。

http://www.bitters.co.jp/ikidomari/

何度も挫折しそうになり、身体中の痛みや怪我に耐え、それでもスケートボードに向き合ってきた彼らが大人になったいま、僕らに何を伝えようとしているのか。それをしっかりと受け止めたい。そう感じさせてくれる映画だった。単なるスケボー青春ムービーでないことだけは、書き留めておく。

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