子どもたちの人権

「起こってしまったことは仕方がない。」これはわかるのだけど、だったら次は「起こらないようにするにはどうしたら良いか。」という話をしなければならない。

巷では「なぜ起こってしまったか。」という議論が始まっている。そうすると必ず「誰が悪いのか」という話になるが、左右は見ても上下は見ないことがほとんどだ。

子どもの虐待について考えてほしいのは、子どもたちが自力でそこから抜け出す術を持っていないということなのだ。そもそも子どもは「未熟な存在」として差別されている、こう考えるのは変だろうか。

いじめや虐待を受けている子どもたちが通報できるのは、学校の先生だけという現状がおかしいのではないか。僕はそんな風に思っている。

子どもたちの人権。子どもも含めて一緒に考えてみたい。


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ミスター・ガラス

ヒーローものとしては、かなり斬新な切り口の本作。

「本当はヒーロー物が大好きなんだけど、最近のマーベルにはちょっと食傷気味で…」という僕にうってつけの映画だった。正義と悪という二項対立の図式をあえて避け、深みのあるストーリーに仕立てながらもヒーロー感は忘れず、ハラハラさせるアクションもあり。特に期待していなかっただけに◎ 関連作品は未鑑賞なので、観てみようと思います。

ちなみに、原題は “GLASS” 邦題にするときに、ま、ミスターはいいとして、やっぱり グラス じゃないのかな? 邦題のイメージが悪くて観る気しない人も多いかも。

それにしても、ブルースウィリスってなんの作品出ても同じキャラを求められてる気がするね。役作りとかいらないんじゃないか?笑笑

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スーパーボウル観戦パーティのお知らせ

今年もやります!スーパーボウル観戦パーティ!楽しみだぁ!

2019年2月4日(月)オープン 18:00 キックオフ19:00 (23:30終了予定)
男性3000円 女性2500円 (DrinkはCash on)
*参加条件は当日ネットを遮断し試合結果を見ない事。もし知ってしまっても会場では一切口外しない事。

53回NFL Super Bowl観戦パーティー” @ Lotus Dining Lounge

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なぜ世界は存在しないのか

今週の一冊は、哲学の本、マルクス・ガブリエル著 「なぜ世界は存在しないのか」です。

哲学の本ってなかなか難しく感じがちなのですが、この本は割と読みやすい気がしました。ただ、ドイツ語の翻訳なので果たしてという気もしますが。で、結論からいうと、一回ではきちんと理解できない感じ。僕の頭では。でも、すごく考えさせる議論がいくつもあり、かなり面白かったという印象です。

哲学を学問的に進めていくという大変難しい課題にしっかりと向き合っていて好感も持てました。特に宗教、芸術、テレビドラマについての議論は良かった。自分の考えに影響を与えてくれました。

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コーチという仕事①

水泳の指導員となってから、今年で実は満30年になる。今日までの間、本当の意味で満足出来た指導は1度もない。日々、試行錯誤の連続でこれまでやってきた。「これ!」というメソッドが発見できれば良いのだけど、やはり、指導する対象である子どもたちは体格、性格、性質、それぞれまるで違うので、いくつもの方法を取らざるを得ず、そうはいかない。

けれど、それでも何かしら指導する上での共通のものは無いかと考えているのだが、ここのところ気になるのは、子どもたちが大人に恐怖心や猜疑心のようなネガティブなイメージを持っているかどうか。また、その度合いがどのくらいなのかということだ。

要は子どもから信頼されるかどうかなのだが、これがなかなか難しい。
「大人」というレッテルを貼られてしまうと、ほとんどの話は受け入れてもらえないのだ。まさかと思う人もいるかもしれない。だが何らかの体験を通して「大人」をいわゆる「大人」=「恐ろしい人」として認識している子どもたちは、決して少なくないということが徐々にわかってきた。

その子達が特別運動が苦手であるとか、水が嫌いだとか、そういったことが問題なのではく、強いて言うならば「大人」が苦手で、「大人」の言うことが信用できず、行動を躊躇してしまう。

これは子どもたちの健全な成長を考える上で、大きな問題をはらんでいると言わざるを得ない。

機会があったら、この辺のことをもう少し掘り下げて取り上げてみたい。

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成人式の後、思ったこと。

自分の眼の前で起こったことを、安易に一般化すべきではないことは承知の上で、書く。読む人もその点は理解してほしい。

今週の月曜日は成人の日だった。各地で成人式が行われ、僕が指導している選手の何人か、バイトに来てくれているコーチも成人式だった。新成人おめでとう。心からお祝い申し上げます。

僕が感じたことは、僕らの時代の成人式とは大きく様変わりしたということ。それについて少し触れたい。

まず、成人式は、どうやら参加者が楽しみにしているイベントになったようだということ。僕らの時代(もう30年近く前になるが)も、晴れ着を着たい女の子はもちろん大勢いたのだけれど、「成人式なんか行きたくねぇよ」みたいな風潮が少なからずあった気がする。僕もその一人だった。そんなわけで、成人式にはとりあえず行ったのだけど、式典には出ないし、長髪にライダーズという出で立ち。スタイルが違うだけでヤンキーとさほど違いはなかった。
ところが今の子たちに聞いてみると、「すごく楽しかった!!」と言うではないか。突っ込んで聞いてみると『仲間意識』みたいなものも全然違う。「みんなに会えて嬉しかった!」が最初の一言なのだ。全く驚いた。

考えてみれば、今を生きる若者たちは、僕らの世代とは人との繋がり方が明らかに違う。親との関係性も全く違うと思う。お父さんべったりの女の子、お母さんとご飯に行ったり、買い物に行ったりする男の子。どうやら「恥ずかしい」と思わないようだ。これは一体どうしたことだ。
僕の時代であれば、親とどこかに行くなんてカッコ悪いし、親父は分からず屋でお袋はガミガミ小言ばかり。一部の大人を除けば、全員が敵だと思っていたくらいだった。「お袋が買って着た服なんてダセーから着てらんねぇんだよ!」とか思っていた俺は一体なんだったんだ?

俺の時代とは全く違う今の子どもたち。比較しながらよく考えてみれば、こんなに幸せなことはないような気がする。学校に行けば仲間がいて、親とも仲が良い。ならば、時代は良い方に流れているのではないか。

けれど、ひねくれ者の僕からすると、ちょっと綺麗すぎると思ってしまう。少なくとも、仲間に入れなかった子はどんな風に感じるんだろう、成人式に参加するんだろうかとか、仲の良い家庭、あるいは暮らしに困らない家庭ばかりではあるまい。そんな家の子はどうしているんだろうか、晴れ着が用意できない家庭の子は、どうしているんだろうかとか。

成人するということは、社会に対し責任を持つということだと昔は教えられた。当然、その時は責任なんてなんだかさっぱりわからなかったけど、今なら少しわかる気がする。できれば、その楽しい思いや幸せな気分を、直接ではなくても良いから、社会の中で置き去りにされている人たちに少しだけ分けてあげてほしい。社会の仕組みやあり方が、困っている人たちにとってより良いものであるように一緒に考えてほしい。きっと君たちならできる。僕らも君たちの手本になるように、「あんな大人になりたい」と思ってもらえるようにしようと思う。



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GO!RAMS!

アメリカンフットボール、プレーオフも佳境に入ってきました!ワクワクするゲームが続きますね。

実は私ごとですが、今年からL.A. RAMSに鞍替えしまたした。した途端のレギュラーシーズン快進撃!さすが、見る目があると自画自賛です。

今日、妹からパーカーをもらったのでこれ着て応援します!

GO! RAMS!

あ、ここら辺から軽めの情報も含めて試合結果とかお節介に言ってこないように。日本の放映には時差があるので。くれぐれも。笑

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