Paterson 美しいと感じる心のあり方 (ネタバレあり)

前回のブログで投稿したジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021の12作品、全てを昨日観終えた。大好きな監督の作品たちは愛と美しさに溢れていて、本当に心を打たれた。

ここまで映画と共に旅をしてきた監督の「今」の気持ちに繋がる色褪せない美しくも切ない物語の数々は、人間の普遍的な部分を切り取り、何もない日常の愛おしさを表現する一方で、資本主義社会の物質的な汚さを痛烈な批判しているとも感じ取れる。
若さに満ち溢れ挑戦的な作品であり処女作の Permanent Vacation から円熟味を増し最も味わい深い作品に仕上がっている Paterson まで。詩的な美しさを一緒に探求して行く擬似体験のような時間だった。

Paterson は、これで3回目の鑑賞となる。そしてようやくこの映画の本当の素晴らしさに気がついたのだった。



ニュージャージー州パターソン。偉大な詩人「ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ」を生み出した土地に暮らす、街と同じ名をもつパターソン青年は、詩をこよなく愛する市バスの運転手である。美しい妻と愛犬と規則正しく慎ましい生活を送っている。

彼の詩は日常生活の中で目につくものを題材としている。映画冒頭で読まれる「Love Poem」は机の上に置かれたオハイオブルーチップマッチを題材にしている。他の人から見ればただのマッチに過ぎないものが、彼の目に止まり、言葉として表現されると、彼の美しい妻への愛の詩となる。
ところで「マッチ」はアナクロなものとして非常に印象的だ。パターソンの歴史ある街並みー煉瓦造りの建物や街のシンボルである滝、グレートフォールズーも美しい。彼はTVを観ず、スマートホンを窮屈だといって持たず、自作の詩もパソコンではなくノートに書き綴る。彼が手にするウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩集は長く愛読されボロボロだが美しい。モンスター物のモノクロ映画のシーンも美しく思える。物質的な豊かさから距離を置いて生きている様は街とシンクロする。

彼の人柄を通すと全てが美しく見えるのは、彼があらゆるものに対して優しく深い愛情を持っているからだと気がつく。妻が突然部屋中を白黒にペイントしても、通販のギターが欲しいと言っても、チェダーチーズと芽キャベツのパイがあまり美味しくなくても、彼は全てを受け入れる。「素敵だね」「いいよ」「美味しいよ」彼の愛を受けて喜ぶ彼女はまた美しい。ラッパーの詩も彼にとっては興味深く、小学生の詩を何度も暗誦し、本物の詩人に会ったと感動する。仕事仲間の愚痴も黙って聞き、自分と比較するわけでもない。誰もが彼の優しい思いやりのある人柄に好感を持っている。



マッチ箱のように誰にも気付かれない存在だとしても、彼のようにそれを美しいと思う人がいて、それを伝える言葉がある。そういえば、僕も同じようなことを思ったことがあった。

僕は写真が下手で(撮ったものが実際に見たものとはあまりにも違うので)カメラを持って歩く習慣がない。かつてグランドキャニオンに登った時、あまりの絶景に写真を撮らずに帰るのは流石に勿体ないのではと思ったのだが、「僕は言葉の世界に生きる人間だから、この素晴らしい景色を写真ではなく言葉で誰かに伝えよう」と目に焼き付けて下山した。今は古いギターを愛し、古いバイクに乗り、日記をつける。毎日同じように過ごし、大きな変化を望まない。美しいもの、人、生き物、景色に心奪われる。

この映画の素晴らしさ、美しさに気がついた僕は自分らしく生きてきて良かったと思う。新しく便利な道具も使うけれど、これからも自分の生き方は変えないと思う。美しいものを美しいと感じたいから。そしてジム・ジャームッシュ監督の作品はなぜ美しいのか。答えは、監督自身のもつ眼差し、人柄、つまり心のあり方に理由がある。永瀬正敏さんがジム・ジャームッシュについてのインタビューで答えていた。ジム・ジャームッシュを永瀬正敏が語る 「ミステリー・トレイン」名シーンの秘密〈AERA〉

「一言ではなかなか言えませんけど……ちゃんと人に寄り添っているというか、すべてのキャラクターに愛情があるというか。これ見よがしの恩着せがましい愛情じゃなくて、ちゃんと、その人の目線に立った、さりげないやさしさ。それが、どの作品からもにじみ出ている。同時に、彼の感じる何か、引けない部分っていうのかな、それがメッセージとしてどの作品にも入っている。だから共感を呼ぶのかな?と」

Only Lovers Left Alive では、ヴィンテージギターの美しさに心奪われるヴァンパイアを描いたが、彼らが敵対するのはゾンビだ。ゾンビは最新作 Dead Don’t Die で資本主義(物欲)に取り憑かれた者として描かれる。どの映画でも拝金主義者が嫌いだということがわかるが直接的に批判はしない。「でもそういうのは美しくないよね、美しさをわかる心っていうのはそういうものとは反対にあるよね」ということを描いているのがPaterson だ。そうやってそっと今の映画ファンたちに彼は訴え続けているのだろう。かつて黒澤や小津がそうであったように。

ああ、それにしても、何度も言うけど、アダムドライバーは良い役者だ。

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JIM JARMUSCH Retrospective 2021

ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021 と題して、インディペンデント映画のトップを走り続けるジム・ジャームッシュ監督の過去の作品から最新作まで、代表的な12作品を一斉に公開するイベントが昨日始まりました。都内は4つの劇場(アップリンク吉祥寺、渋谷シネクイント、新宿武蔵野館、ヒューマントラスト有楽町)で、7/2(金)〜22(木) の期間、上映されることになっています。

かくいう僕もジム・ジャームッシュ監督の大ファン。今回はビデオでしか観たことのなかった作品もスクリーンで楽しめるので、できる限り劇場に足を運ぼうと思っています。初日の昨日はアップリンク吉祥寺で監督の大学院の卒業制作として発表されたパーマネント・バケーション “Permanent Vacation “ を鑑賞しました。

若かりし頃の監督が何を考え、それをどう表現したかったのか垣間見れた気がしました。「そうか、ここからスタートしたのか!」新しい発見がありました。

ところで、このポスター、めちゃかっこよくないですか?劇場で販売されていたので、即買いしたのですが、サイトでは売り切れ。おそらくパンフなんかもすぐ売り切れでしょう。スタンプラリーも実施されていて、集めると賞品がもらえるとか。うーん、楽しみです。

明日は渋谷に行きます!みなさんもぜひ!

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ヤクザと家族 The Family

たまたまなんだろうか。ヤクザを描く新作が2本同時期に公開されているのは。作品が持つ視点は全く違うとはいえ、いまやヤクザ稼業は衰退の一途を辿り、風前の灯火だという現状は共通の背景としてクローズアップされている。

この「ヤクザと家族 The Family」で描かれる平成から令和にいたるヤクザ社会の20年間が明らかにするのは、昭和の映画を彩ったかつてのヤクザ像とは大きく異なり、若者からSNSで嘲笑され、社会から抹殺された存在としてのヤクザだ。

2016年に公開されたドキュメンタリー映画「ヤクザと憲法」は、衰退するヤクザのたちの人権について踏み込んだ作品だったが、本作はそういった面にも細やかに触れながら、これまでの経緯といま彼らが置かれている現状を非常にわかりやすく、かつ良くできた脚本に練り込みながら描いていく。

家族の温かさを知らない主人公 賢治。表の社会から見放された彼がやっと見つけたヤクザ一家という家族は、時代に翻弄されながら、ついに消え去ろうとしている。裏社会の主役はヤクザから半グレへと移り、任侠は廃れ、ヤクザは家族も人間としての存在すらも消されてしまった。賢治が行き着く場所は果たしてどこにあるのか。孤独な男が心から求める家族、そして安らぎとは。

綾野剛×藤井道人というタッグが描き出す「真の家族」へのあくなき問いは、僕らがとうの昔に忘れ去ってしまった熱い何かを思い出させる。

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すばらしき世界

これまで西川美和監督の作品には注目してきたが、良い作品だなあという印象以上の何かが欠けていた気がしていた。だが、本作「すばらしき世界」でいよいよ突き抜けたと感じられた。

西川の視線は、主人公三上(役所広司)が、なぜヤクザなのか、なぜ暴力を振るわずにはいられないのかという点に注がれる。その視点を劇中で若手のテレビディレクターである津乃田(仲野太賀)に持たせ、主人公の今日に至るまでの足跡を温かな眼差しで丁寧に追っていく。主人公を見守る人間たちとなかなか期待に応えることができない三上。彼を救うものは果たして何なのか。良い意味で映画ファンを裏切るラストは特に素晴らしく、胸を打たれた。

仲野太賀は本作では助演ということになると思うのだが、実に見事な演技だ。主演の「泣く子はいねぇが」でもその存在感は目を見張るものがあった。なんだか印象が薄いのに温度感がある、クセのない素直な演技は、観ている者が感情移入しやすく、作品がもつ世界観に入り込みやすい。これからが楽しみな魅力的な役者だ。

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さよなら チャリさん

俺、優しいチャリさんが大好きだったよ。またね。

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講師の仕事

年に一回、水泳指導者資格講習会の講師をする仕事をしている。一部オンラインで行ったが、やっぱり顔が見えないのは慣れないなあ。来年は普通な感じでできるといいのだけど。

一所懸命聴いてくれた受講生のみなさん、ありがとうございました。がんばって合格してくださいね。報告待ってます!

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大コメ騒動

「米騒動」の裏側には女性たちの活躍があった!井上真央 主演最新作。101年前に富山で起こった「米騒動」の史実に基づく痛快エンタテインメント!本木克英監督(『超高速!参勤交代』)作品。2021年1月8日(金)全国公開!!《2021年1月1日(金)富山県先行公開》
— 読み進める daikomesodo.com/

今回、紹介する映画は「大コメ騒動」!実はこの映画、富山県を全面的にフューチャーした映画なのです。これは観なくてはならない!早速、行ってきました。

なぜ富山にこれほど反応するかというと、僕の祖父は富山県出身。富山の血が流れている僕としては見逃せない作品なのです。(というか、普段、富山がクローズアップされることがなかなか無いとも言えますが…)

富山出身の役者さんも大勢出ていて、米の映画だけに、主題歌は米米クラブという凝り様。もうそれだけで興味が湧いてしまいます。

詳しい内容はぜひ観に行ってもらうとして、女性たちが社会を変えるというメッセージには強く賛同しました。

もうちょっと公開している映画館を増やしてほしい!期待してます!

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1986年4月

砂埃が舞うグランドに濃い紫色のヘルメットを被った大きな男たちが「ガチンガチン」と音を立てながら互いの身体をぶつけ合っている。時折大声を出したり、あらぬ方向へと転る楕円球を追いかけたりしながら。もうかれこれ30分、いや1時間くらいは経っただろうか。そんな光景を体育館につながるコンクリートの段に腰掛け、名も知らぬ、おそらく僕と同じ新入生と並んで眺めているのだが、僕らは決してその光景をいつまでも見続けていたいのではない。僕らの両脇に、大きな肩パットをつけた、いかにも屈強な男たちが腰を下ろし、僕ら越しに会話をしているから、動こうにも動けないのだ。

「I先輩、昨日の麻雀、やばかったんですよ、満貫手で張ってるって時に、あいつ役満張ってやがって」「で、いくら負けたんだよ、点5か?」「いや勝ちましたって」

新入生を挟んで交わされるリアルな高校生の会話にただただ黙っているしかできない僕は、レコードレンタル店のロゴの入った袋を胸の前で後生大事に抱えながら正面で繰り返される肉弾戦をじっと見ているしかなかった。

「少年、なに大事に抱えてるんだ?」まさか自分に話しかけているんだとは思わず、一瞬たじろいだが、僕の右にピッタリと座った”I先輩”は、明らかにこちらを見ている。「あ、えっとレコードです。今日返さないといけなくて…」「中、見せてみ?何借りたんだー?お!タンクの新譜じゃん!君、ハードロック好きなの?気が合うねえ!」「あ、はい…」内心、タンクなんてマニアックなバンドを知ってる人がいるなんてと高校生のすごさを感じながらその人の優しい口ぶりにちょっとドギマギしていると左の”K”と呼ばれている、どうやら2年生の先輩は、僕の左に座る新入生に何かを話している。そいつはどうやらウッカリした奴だというのは次の瞬間、判明した。

「というか、先輩たち、何してるんですか?練習しないんですか?」

「あーん?」

場が一瞬にして凍りつき、両脇の先輩たちの鋭い視線がそいつに注がれる。明らかに気分を害したようだ。マンガでしかみたことのない、こめかみに現れる交差点を見た気がした。いや、はっきり見た。

「君たちそこで見ていなさい。僕らが戻るまでそこを動いたらいかんよ。ふふふふふ」二人の先輩は地面に置いていたヘルメットをつかみ、おもむろに立ち上がり、グランドに走っていった。

砂だらけのグランド。校庭の一番はじの狭い空間にひしめき合うヘルメットを被った集団。KT高校アメリカンフットボール部。そう、僕がここに来たのは多分偶然じゃない。


「あ!澤田くん、アメリカンフットボールやらない?」桜も散りかけた入学式の日、月並みだが期待に胸を膨らませて正門をくぐり、校舎までの道を颯爽と歩く僕の正面に現れたのは中学の時のKさんだった。「私、アメリカンフットボール部のマネージャーなの。ね、フットボールやろうよ」「いや、あの、えっと…、ほかに入ろうと思ってる部活があるんで…」となんとなく言葉を濁し、残念がる先輩の横をすり抜け、再び歩き出す。心の声はちょっと興味があると言っているのに。そう、目に焼きついているのは第20回スーパーボウル。アメリカ中で大フィーバーを起こしたシカゴベアーズの勇姿だ。でも、水泳以外できない僕じゃ無理。まさかアメフトなんて…できっこない。

それから数日、人見知りな僕は放課後まで誰とも話すことなく、部活見学の時間に一人で校舎の裏に歩いていった。雑然と並んだ自転車の前で2人の男子生徒が小さい重りをつけたバーベルを持ち上げている。

「あのー、この辺で水泳部が活動していると聞いたんですが…」「え!入部希望者!?」「はい、一応…」「ね、ね、君、何秒で泳げるの?」「100m自由形で1分切るぐらいすかね…」「やったー!」歓喜の声をあげる先輩たちに戸惑う僕。「これで我が部も宿敵SW高校に勝てるぞぉぉ!」「で、あの先輩たちは何をやってるんですか?練習はどうしてるんですか?」「プールは夏だけ。冬は筋トレ!」こりゃ、ムリだ。いや、絶対ムリだ。速くなるわけない。

1986年4月は76年ぶりにハレー彗星が地球に接近した。天文少年っていうほどでもないが、定期的に五島プラネタリウムに通っていた僕にとっては、まさに世紀の天文ショーで、望遠鏡でみたいという思いが強かった。水泳部にゲンナリした僕が次に向かった場所は体育館横の比較的新しい建物の理科室、天文部だ。新入生説明会にはざっと20名くらい集まっていて、水泳部とは雲泥の差だった。しかし、説明会が始まるや否や僕の野望は見事に打ち砕かれる。「新入生にはハレー彗星は見せません。」

がっかりした僕の耳にロックがかすかに聴こえてくる。そうだ、視聴覚室では、軽音楽部が新入生歓迎ライブをやっているんだった。中学でバンドを組み、ギターを担当していた僕にはピッタリ来る部活かもしれない。でも、ロックと部活っていう取り合わせがなんともピンとこない。とりあえずと中を覗いてみると、髪を立て、古着のセーターの袖で手を隠したボーカルがシナロケのレモンティーを歌っていた。やっぱり違う。これも違う。

上の空で階段を降り、食堂の前を横切る。渡り廊下の向こうに紫色のヘルメットが見えた。にわかに運命的なものを感じ始めていた僕はふらふらとなにかに誘われるかのように体育館の脇に歩いていった。


I先輩とK先輩がヘルメットを被り、スクリメージと呼ばれる、実践形式の練習に参加した。I先輩はQBという花形のポジション。K先輩はWRというパスキャッチ専門のポジションだ。「レディ!セット!」I先輩の投げた楕円球は、大柄な男たちがもみ合う頭上をコマのように回転しながらスピードを上げて飛んでいく。それを走り込みながら芸術的に捕球するK先輩。息を呑む瞬間。さっき与太話をしていた2人とは別人だ。すごい。

やがて、練習が終わった。グランドに円陣を組んでヘルメットを脱いだ先輩たちが並んでいる。結局、最後までみてしまった。さあ帰ろうかと立ち上がった瞬間。再び両脇に先輩たちが陣取った。

「さ、行くか。」と腕を掴まれた2人の新入生はなすがまま円陣に連行されていく。「え、いや、僕まだ何も…」

練習を終えたばかりの先輩たちは、みな、汗と砂埃で顔が真っ黒だ。けれどイヤじゃない。むしろ清々しくて眩しかった。「さて、では新入生を紹介しまーす。今日から入部した…きみ名前なんだっけ?」笑いが渦巻く中、僕のこの先の運命が否応なく決まった。けれど、本当はそんなに悪い気はしていなかったんだ。これが、僕とアメリカンフットボールとの出会いだ。

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成人式とおばあちゃんとライダース

ここに僕が愛用しているショット社製のライダースジャケットがある。ちょうど30年前、20歳の成人式前に「お祝いね」とおばあちゃんがくれた2万円で、手に入れた代物だ。当時、上野アメ横は安く皮革製品が手に入ると知られていて、正月明けの雑踏の中、友だちに付き合ってもらって買いに行ったことを覚えている。

おばあちゃんは、若い頃から耳が悪く、補聴器をつけてもあまり聴こえなかった。うちは二世帯同居だったので、おばあちゃんの耳のことは幼い頃からよく理解していた。だから、ゆっくり大きな声で話すということ以外、ごく普通に接していた。

働いていた母に代わり、僕や妹の食事や身の回りの世話をしてくれたのもおばあちゃんだった。家族がみなバラバラの時間帯で生活していたので、食事時におばあちゃんと二人になることも多かった。そんな時は、テレビを観ながらよく会話していた。

ある日のこと。Mr.マリックがブラウン管越しに「お茶の間にもハンドパワーを届けるので、スプーン曲げを一緒にやってみましょう。」という投げかけをした。僕は慌てて台所からカレースプーンを持ってきて、言われるがままこすったり、念じたりしていたのだが、驚いたことに本当にグニャグニャに曲がったのだ。その時その部屋にいたのは、おばあちゃんと僕だけ。その曲がったスプーンをおばあちゃんに見せ、「ほら!ほら!曲がったよ!」と言うと、にっこりしながら「すごいねえ」と一言。めちゃくちゃ薄い反応に思わず笑ってしまった。

結婚して生まれてはじめて家を出た。僕の食事の用意をする必要がなくなったおばあちゃんのことがずっと心残りで、時々、家に行っては様子をみたりしていたのだが、僕が家を出て数年で鬼籍に入った。

その時はじめて、耳の聞こえない世界のことを想像した。「どんなにか辛かったのではないか」「嫌な思いも沢山あったのではないか」考えるにつけ、涙が止まらなくなるのだった。そしてその思いは「僕がそばにいればいつまでも元気にいられたのではないか」という思いと複雑に絡み合い、僕は深く長い悲しみのトンネルの中で逃げ場を失った。

季節は秋から冬へ。誰もいない部屋で一人泣いていた僕の苦しみは、寒さから身を守るためのライダースジャケットに袖を通した時に不意に軽くなった。「いつまでもクヨクヨしていたらおばあちゃんが悲しむじゃないか」そう言ってくれているような気がした。

あれからずいぶん時は過ぎた。でも新しいライダースが欲しいと思ったことは一度もない。僕は知ったのだ。いつもそこに当たり前のようにあるものがもたらす幸せのことを。特別な感情を必要としない「特別な」繋がりのことを。


追伸。神様、僕の代わりにおばあちゃんに伝えてほしいんだ。30年前の成人式。晴着に袴着、スーツが集うその日に、ただひとり新品のライダーズジャケットを着て参加した僕の心がどれだけ晴れやかだったかを。ありがとうの一言を添えて。

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フローズン・リバー

本日、紹介する映画は、2010年公開 フローズン・リバー(原題 FROZEN RIVER 公式日本語サイトはすでに閉鎖)。Amazon Primeでの鑑賞記録です。

まず、無知を承知で告白するのだが、ニューヨーク州は結構広く、カナダと国境を接する地域があることを知らなかった。僕らがよく口にする「ニューヨーク」は「ニューヨーク市」のことであって州のことではない。日本に住んでいてアメリカ通を自認していてもこういうことを知らない。恥ずかしいことだが、映画を通じて学ぶことは実に多い。

なので、映画としては珍しく、ニューヨークが舞台であっても摩天楼は登場せず、川も凍るほどの田舎が舞台だ。そして、モホーク族の居留地が物語のもう一つの舞台となる。

ネタバレ投稿は好きではないので、これ以上の詳細は書かずにおきたいが、触りだけ紹介したい。

この映画の公開は2008年(日本公開は2010年)。当時より現在の方が悪くなっているかもしれないが、貧困地域に住む人々の環境は劣悪だ。この映画の主題はそこにある。主人公は、旦那に逃げられ、子供と借金(実際にはローンの残金)だけが残っているパートで働く主婦と、居留地のトレーラーハウスに暮らす先住民族の若きシングルマザー。

物語は二人が密入国を手助けし仲介料を手にすることによって展開していくが、密入国させる外国人は彼らよりさらに貧困である。地元警察官たちも主人公や密入国者の厳しい境遇を知っていて、彼らに同情すら感じている。

正義とは何か。罪とは何か。

幾重にもなる貧困の階層の底で彼らが掴もうとする儚い光は、人間として保障されるべき最低限度の幸福ではないのか。

この映画が語りかけるテーマは解決しがたく、あまりにも深い。

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