スケート・キッチン

本日、紹介する映画は、2019年公開のスケート・キッチン(原題 Skate Kitchen) 。公開時、見逃してしまったのをAmazon PRIMEで借りて観た。

2020年、観た映画の中でスケートが中心に描かれていた秀逸な2本 “mid 90’s ミッドナインティーズ” “行き止まりの世界に生まれて“に引けを取らないストリート青春ムービー。2020年のガールズ映画といえば、ブックスマートが思い起こされるが、その中でもスケートボードに乗る女の子がフューチャーされていて、日本とは異なったムーブメントを感じる。

スケートボード映画に共通しているのはカッコいいライディング映像。この3作品はどれも素晴らしい。特にこのスケートキッチンでは、リアルなガールズスケートチームのメンバーが役者として演じていて、ドキュメンタリーとは違った面白さがある。

もちろん、スケートボードのシーンだけではなく、ティーンエイジャーとしての悩み、すなわち、友情、恋愛、家庭内の複雑な問題など、少女たちの視点で赤裸々に描かれていて、その繊細さに胸を打たれた。

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2021年 年頭にあたって

喪中のため、新年のご挨拶は控えさせていただきますが、新しい年を迎え、思うところを書き綴りたいと思います。

コロナウィルスの感染者数がいよいよ1300人というニュースが昨日入ってきました。深刻な状況であることは疑いようがありませんが、すでに国民の正常化バイアスは来るところまで来ているような気がします。僕自身、手洗い、うがい、マスクの着用、不要不急の外出をできるだけ避けるなど気をつけてはいますが、実際のところ、どこまでできているか全くわかりません。とにかく今は、伝染らないこと、伝染さないことを心がけ、日々過ごすしかないと考えています。一日も早い終息を願ってやみません。


コロナウィルスは、僕自身の生活にも様々な変化をもたらしました。例えばマスクは一つのファッションアイテムとして選ぶようになりましたし、文化やスポーツの大切さもより身に染みるようになりました。

中でも映画はステイホーム中から多く観るようになり、昨年1年間で386本鑑賞しました。もちろん人生で最も多い本数です。(その分読んだ本の冊数が減りましたが。)

身体と心の安定を図るため、5月からランニングも始めました。今は週2〜3回走っています。

それでも、悩みは尽きませんし、解決すべき問題も山積みです。果たしてどうすべきかと考えてばかりいます。

とりわけ、コロナによって可視化が進んだ自粛警察のような人々の存在は、コロナに限らず、社会の分断の象徴として、僕の心に爪痕を残しました。人それぞれの倫理観の差が原因として挙げられると思います。


倫理観の差は誰にとっても大きな問題です。僕は他者の考えはできるだけ受け入れようと思いますが、(間違った前提の上に立った考えは別です)「法」とは直接関係がない、善悪の感覚は如何ともし難い。

本来、この世界にあるものは、人類あるいは人類が築いたもの以外、善悪という概念を持ち合わせていないはずです。正しいライオンとか、間違った鳩とか、良い富士山とか、悪いカブトムシとか。けれど、人類は自分の考えを持つようになる過程で、良い人間と悪い人間がいると考える。僕はそういった、法とは無縁の善悪については本来存在しないと考えます。

例えば、挨拶できる人間は正しい、できない人間は間違っている、などとは考えない。つまり、自分(自分の考え)、あるいは一般論を基準に正しい、間違っているなどとは考えないということです。なぜなら、そこに分断の根があるからです。

正しさを他者に求めないこと。2021年はそのことがより大切になるのではないかと僕は思います。


さて、さしたる目的や目標、ゴールも持たない僕ですが、日々楽しく生きるためには今年も全力であたろうと思っています。変わらぬご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

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亡き父を偲んで

11月20日、父が亡くなった。79歳だった。

身体を悪くして、仕事もやめ、10年ほど前から家にいるようになり、大好きな釣りにも行けず、テレビばかり観ていた日々だった。

父が亡くなってから記憶の整理をしている。僕と父はどんな関係だったのか。何を話し、何を伝え、どんな出来事を共にしたのか。けれど、正直言ってあまり思い出せない。

検査で肝臓に癌が見つかり、年齢的な問題もあって、延命治療などはしなかった。コロナで思うように見舞いもできず、とても気の毒だったが、最期はゆっくり衰弱していき、病気のことも知らず、苦しまず亡くなったことは、僕としては良かったと思っている。

亡くなる少し前に病院の配慮で見舞いができたが、その時にはもう僕のことはよくわからなかったようだった。

「いま、誰か会いたい人はいる?」と尋ねると高校時代の友人たちの名前をあげた。よく聞き取れない拙い話し方だったが、すぐに理解できた。「あいつらと飲みたい。無二の親友なんだ。」

僕は何を父から学んだのか、やはりまだよくわからないけれど、この最期の話は胸に刻もうと思った。

父の高校時代の友人はやはり病気と戦っている。父の遺影を撫でながら「澤田、俺ももうすぐそっちに行くからな」と語りかけていた。

父と交流のあった皆様へ

葬儀はコロナ禍でもございましたので、近親者のみが集い家族葬にて相済ませました。

故人が生前賜りましたご厚誼につきまして深謝申し上げます。本来ならば直接ご挨拶申し上げるべきところ、恐縮ではございますが略儀ながらこういった形でのご報告となりましたことを、深くお詫び申し上げます。

12月20日、四十九日の法要と納骨も済ませ、今は西多摩霊園にて亡き祖父、祖母とともに静かに眠っております。

父のことを時々でも思い出していただけたらうれしいです。父もきっと喜びます。あの巨体を揺らし、豪快に笑いながら。

追記 父の最後の仕事らしい仕事は、2003年の「顔」というフジテレビ系列のドラマ監修だったということを思い出しました。関係者の皆様、ありがとうございました。

顔 DVD-BOX https://www.amazon.co.jp/dp/B0000A8UYK/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_-hR5Fb0CH09YG

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冬のはじまり

寄れた波間で流されないように漂いながら、霊山を眺めている。

しばらく湘南はサイズが上がらず、なかなか足が海に向かなかったが、今週は月曜、水曜とサーフィンできて、久しぶりに気持ちがいい。

ここ一ヶ月くらいでだいぶ寒くなり、冬用のセミドライを引っ張り出した。スリーシーズン目に入り少々硬さも感じるが、これが無いとやはり冬は厳しい。特に今週は急に寒さが厳しくなってきたから余計だ。なんならブーツもそろそろだろう。

勘違いしてもらったら困るのは、冬の波乗りも悪くないということ。とりわけ晴れた日の冬のピンと張り詰めた空気は嫌いじゃない。今日みたいに波が落ち着かない日はどうせ泳ぎっぱなしで寒くなることもないし、ウェットスーツのおかげで暑いと感じることもあるくらいだ。


こうして季節の移り変わりを感じながら、いつまでもいつまでもサーフィンして、毎日が同じように過ぎていったらどれだけ幸せかと思うことがある。

性格なんだろうか。決まったことを決まった通りにするのが好きだ。変化はあまり欲しくない。新しいものは好きだけど、自分の生活リズムが変わったりするのはとても面倒だ。ましてや、社会や他者との関係の中で訪れる変化はできれば避けたい。もちろん、そうはいかないのが人間の常なのだけど。

誰が悪いとか、俺のせいだとか、社会のせいだとか、取り止めもなく頭に湧き上がる言葉にうんざりする。今はせめて波に集中したい。それだけだ。

富士山の黒い地肌にダラダラと白い雪を垂らしたような冬らしくない出立ちも、このまとまらない、少しイライラしたような気持ちを逆撫でするかのようだ。


帰路の途中で良く立ち寄るラーメン屋のゆず塩味のスープだけが、いつもとか変わらず、ホッとする。どうせ、あと何日もすれば、嫌なこともすっかり忘れて日常が戻るのだ。まあ、いいじゃないか。今は、火傷気味な舌ですする熱いスープを楽しもう。

さあ、冬がはじまる。

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行き止まりの世界に生まれて

吉祥寺アップリンクで鑑賞してきました。洋画(これもちょっと死語か…)につけられた邦題について、これまでも時々思うところはあったけど、このタイトルは如何ともし難い。ある種のイメージを伝えすぎていて、作品のテーマから乖離している。観客は邦題、触れ込み、ポスターのイメージなど、知らず知らずのうちに先入観として持ってしまうから、作品の持つテーマと離れすぎているということは、バラバラの情報を統合する時間を要してしまうということに他ならない。少なくとも本作品では僕はそう感じた。

本当のタイトルは“Minding the Gap” (段差に注意しながら)。オープニング、スケートボードで街中を滑走し、華麗な技を決めながら段差を易々と超えていくそんなシーンとマッチさせたタイトルだ。だが、本作品のテーマとして描かれるGapは物理的なものではない。親と子、男と女、大人と子ども、人種、貧富、教育など、若者たちを取り巻く社会全体にある「格差」とそこから生まれる「暴力」についてだ。

本作品でデビューを飾る新鋭、Bing Liu監督はこのドキュメンタリーを通じ、自分自身が抱える心の問題を超えて行こう、解決しようと試みる。

公式サイトの監督インタビューを引用しよう。

明確になったことは、暴力と、暴力によってクモの巣のように広がる影響は、大部分で永続されてしまうということです。これらの問題は文字通りにも比喩的にも、扉の向こうに留まってしまうから。僕の願いは、『行き止まりの世界に生まれて』の中で扉を開いてくれた登場人物たちによって、同じようなことで苦労している若い人々が勇気をもらい、彼らがその状況を切り抜けられること、生きて、自分たちの物語を伝えられること、そして自分たちの力で人生を作っていけるようになることです。

http://www.bitters.co.jp/ikidomari/

何度も挫折しそうになり、身体中の痛みや怪我に耐え、それでもスケートボードに向き合ってきた彼らが大人になったいま、僕らに何を伝えようとしているのか。それをしっかりと受け止めたい。そう感じさせてくれる映画だった。単なるスケボー青春ムービーでないことだけは、書き留めておく。

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Jesse “ED” Davis – Keep Me Comin’

キープ・ミー・カミン ジェシ・エド・デイヴィス

ランブルについて前回書いた。あれ以来、頭の中を色々なことが巡っている。

ネイティヴアメリカンについて興味が湧いて、本を買い漁りあれこれ調べていたのはハタチそこそこの頃だった。でも、彼らの音楽についてはアリゾナで手に入れた本格的なネイティヴアメリカンズベストみたいなの1枚きりで、ろくに知らず、ロックにもたらした影響などあまり興味がなかった。
ランブルはその辺の自分の未知のことを網羅していたので、再び知識欲みたいなものを掻き立てられた。特に興味が湧いたのはギタリストのジェシ・エド・ディヴィスだ。なんとなく知っていたものの、ずっとスルーしていたのだが、折角こういう機会なので、アルバムを購入してみる。朝、出かける前に Keep Me Comin’ の Diskをスロットに投げておいた。

昼間、時間が少しだけ空いたので、ジョギングに出かようと考える。猛暑日が続いていてコンディションは最悪だが、曇り空なのでなんとかなるかもしれない。場合によってはいつもより距離を短くしてもいい。

iPhoneをライトニングケーブルでデスクトップに繋ぎ、取り込んでおいたジェシのアルバムをダウンロードする。こういうアルバムは大抵ジャケットアートワークが入らない。音符のままがどうしても嫌なので、ネットで画像を検索し整形する。iPhoneに反映されなくてイライラするが、時間がない。諦めて走りに行こう。

ジョギングシューズに履き替え、玄関先で取り込んだばかりのアルバムをオープニング曲からかける。軽快なリードギターと小気味いいブギ、ブルーズハープのインスト。GーSHOCKのジョギングタイマーを回し、西へと走り出した。

走り出してしばらくすると遠くで雷鳴がする。これだけ暑いんだから、ひと雨きてくれれば涼しくなるだろう。今日みたいな陽気では、さすがにジョギングやウォーキングをする人もまばらだ。ほぼ貸し切りの川沿いの道。暑さを跳ね飛ばすというより、この暑さにぴったりなアメリカ南部っぽいジェシの曲がなんとか脚を前に運んでくれる。

20分ほどで折り返し。ストラトのフロントピックアップから奏でるモタッとしたチョーキングビブラート。これはたまらないなぁ。頬に雨粒をわずかに感じる。今日のコースだと川の流れがよく見えない。次回は却下だ。

もうあとわずかで自宅というところ、背丈の高い草が生茂る道に差し掛かる。生命の育みをどうこういう気はないが、走っているとこの草たちの吐くモワッとした空気がキツイ。早く抜けようともがいていたときに来るべくして来た。雨だ。
これで少し涼しくなるなぁ、と考えたのは一瞬だけだった。足下から上がってくる熱気。少し先を見ていたらわかった。雨の跳ね返りかと思っていたのは、蒸気、湯気である。それはそうだ。フライパンのように熱せられたアスファルトに雨が降りつけているのである。

まるでスチーム風呂のような暑さの中を走り続ける。頭には「暑い」以外言葉が浮かばない。こんな中で東京オリンピックをやるつもりだったのか。気違い沙汰だな。

この頃のアルバムは46分テープに収まるくらいの長さしかない。気がついたら最後の曲も終わってしまっていた。
走り終えるや否や水のシャワーを頭から浴びるが身体の熱は引かない。ジェシの音楽もきちんと聴けやしなかったが、頭の中にはしっかり残っている。なんの変哲もないアスファルトに予想もしない熱が籠っているような、あの時代特有の熱気が音に込められているそんな感覚だろうか。まぁこっちの熱もしばらく引きそうもない。

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ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち

http://rumblethemovie-japan.com/

NFLの最古参チームであるワシントンレッドスキンズが、ようやく自身のチーム名はレイシズムを孕んでいると認め、改名に踏切ったというニュースが届いた2020年。日本には音楽映画という形でネイティブアメリカンに関する新しい話題が届けられた。「ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち」である。

アメリカで産声をあげたロックンロールの親がブルーズだということはこれまでも多く語られてきた、音楽ファンなら誰もが知っている歴史である。
その背景には、今でも続く黒人に対する人種差別や過酷な奴隷労働があったというのも周知の事実だと思うが、同じように、いや、それ以上に過酷な運命を背負っていたのがネイティブアメリカンだというのは意外と知られていない。

リザベーション(インディアン保留地)に放り込まれたことで、社会から隔絶させられ、人の目に触れないようにされているからなのかもしれない。あるいは、アメリカ建国の裏にある目を疑うような迫害、虐殺、民主主義から程遠い非人道的な収奪、搾取が存在するという史実を「正義の国」アメリカがひた隠しにしてきたからなのかもしれない。娯楽作品を隠れ蓑にして映画や物語がプロパガンダの機能を果たしてきた結果なのかもしれない。しかし、そういったものが遠く及ばないアメリカの象徴としてのロックンロールは脈々と受け継ぐその血の源流を忘れてはいなかったのである。


ブルーズの父親がアフリカ大陸の民族音楽であり、母親がネイティブアメリカンの民族音楽であることをアーティストとその作品を追いながら歴史的に紐解いていく本作品は、これまでの常識を覆すだけの大きなインパクトを持っている。アフリカのポリリズムとネイティブアメリカンの4つ打ちビートのミックスがロックンロールだというのは、その話を知ってしまった今では他の説をあてがうことが難しいほどだ。またブルーズの祖といわれるチャーリーパットンがネイティブアメリカンであり、彼が用いたメロディはまさにネイティブアメリカンのメロディそのものだと語られる場面は、新事実として大衆音楽史を書き換えるほど重要な意味を持つと思う。


新たに語られるネイティブアメリカンを母親とするロックンロールヒストリーは、彼らが今も受けているいわれのない民族差別や貧困に一筋の光明をもたらすかもしれない。これまで知られてこなかったネイティブアメリカンの過酷な運命を多くの日本人には知ってほしいし、またこういったことはアメリカだけで起こっているのではなく、いま現在も世界中で起こっているのだということを知る必要がある。

日本では沖縄がまさにその最前線だ。合わせて映画「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」もぜひ観てほしい。21世紀を生きる僕らが何を最優先にすべきかわかるはずだから。

美しい景色や美しい物語の裏には血塗れの歴史がある。

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休むってこと

コロナで気がついたのだけど、休むって大切なんだね。自分がどれだけ疲れているのかよくわかる。ずっと訳もなく急いで生きてきたから、休むこと自体に対する恐怖や仕事に復帰できるのかみたいな恐怖が時折襲いかかってくるのだけど、それでもやっぱり休みは必要だと思うようになった。

水泳の選手は休むべきじゃないって理屈は僕が子どもの頃から語られてきたものではあったのだけど、それは論理性があるのか誰も検証してこなかったし、実際、個体差がある中で実証しづらいものでもあるわけで。
そんな風にあれこれと考えてきた結果、ここ数年は選手たちに休むことも必要だと教えてきた。実際、成長期にある子どもたちにとっては、適度な運動と休息と栄養の摂取こそ成長の糧なんだろうと思うし。(勿論、遺伝的形質は変えられないけど、その範囲の中で)

それよりもっと大切なことは、休めば考える時間ができるってことじゃないかなと。やりかけの課題、読みかけの本、なかなか観られなかった映画、自分の考え方や生き方を形作るきっかけをくれる何かを得るためには勤勉なだけではダメで、考える時間がどうしても必要だ。だからみんな休んでください。ぜひ。豊かさとは勤勉さの対極にあるのかもしれない。

もしかして、働かずにすむ社会ができたら、みんな幸せになれるのではないか。そんなことまで考えます。ゲームもギャンブルも生き方を急かされる中での逃げみたいなものであるなら、急がない社会なら、逃げる必要もないのではないでしょうか。余暇じゃなく、暇が真ん中。暇が中心。仕事は暇の隙間でやる。その位のバランスがちょうどいいような気がする。

そんなライフスタイルの中で、例えば水泳をめっちゃやりたいと感じるなら、毎日だってやれば良いし、考えつく全てのトレーニングを試してみたりすれば良い。
小学生の夏休みの宿題の最初に、1日の過ごし方を時間で区切って円で表すみたいなのが必ずあって、規則正しい生活しようみたいな押し付けがましい指導をされたわけだけど、そんなのそれぞれの勝手で良くて誰かに強制されることじゃない。だって休みなんだから。僕は低学年までは1日のほとんどを虫捕りに使ってた。高学年は水泳漬けだったけど。

というわけで、例年合宿していたこの1週間が臨時の休みになって、今日が最終日。梅雨明けの関東ですが湘南に波は無く、さて何やるかとボーッとしながらブログを更新してみました。もう8月。信じられないなぁ。

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色々な車

梅雨空の下、甲州街道を行き交う車たちは、今日も色とりどりだ。

はたらく車、スポーツカー、僕の車は黒のSUV。基本的な構造は同じなのに、車の意匠は様々で、とても面白い。

そして当然といえば当然だけど、大人気になるものもあれば、全く見向きもされないものもある。僕はひねくれているのか、あまり見かけない珍しい個性的な車が好きだ。

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第54回スーパーボウル(Super Bowl LIV)

素晴らしいゲームだった。フロリダで2月2日に行われた、第54回スーパーボウル(Super Bowl LIV)はカンザスシティチーフスの逆転勝利で幕を閉じた。

https://www.afpbb.com/articles/-/3266375

NFL誕生100年を祝う年のゲームで50年ぶりの出場となったチームがビンスロンバルディトロフィーの栄冠を勝ち取る。そしてまさに新時代を感じさせる24歳のQBパトリックマホームズは、QBとしては最年少でMVPを勝ち取った。

https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2020/02/03/kiji/20200203s00040079253000c.html

また名将と呼ばれながらもスーパーボウルだけは勝ったことがなかった。アンディリードHCは21年越しの悲願を達成した。

https://spread-sports.jp/archives/40808

まさにNFL史に残る名勝負を決めたのは、ゲームを冷静に見ていたこの2人のコンビネーションであったろう。

前半こそイーブンで折り返したものの、サンフランシスコの第3Qの攻撃は、ゲームモメンタムを完全に支配したように思えた。だが、第4Qのマホームズの動きに焦りはなかった。

4Qに入り、見違えるようなプレーを展開した。1020の残り613秒でTEケルシーにTDパスを通すと、同244秒ではRBウィリアムズに逆転のTDパス。第3QまでTDパスを通せなかったが「それでも仲間が信じてくれた。諦めずにやったことで、勝利への道が見つかった」と感謝した。

https://www.nikkansports.com/sports/news/202002040000097.html

プレーオフ、カンファレンスチャンピオンシップでも逆転で勝利を手にしてきたマホームズは決してスロースターターなのではなく、常に自分たちの勝利を疑わず、相手チームの動きを冷静に分析し、活路を見出す天才的なゲームメーカーなのだと思う。
彼の素晴らしさは、フットボールのみならず、野球、バスケットボール、どのスポーツでも証明されたものだが、ずば抜けた運動能力の高さに加え、ゲームメーカーとしてのセンスが卓越しているところにあるのだろう。この若者はこれからのフットボールのあり方すら変えるかもしれない。


ところで、少し気が早いが来シーズンの話。個人的には昨年度のスーパーボウル出場チーム、ロサンゼルスラムズを応援したい。NFC WESTはサンフランシスコ49ers 、シアトルシーホークスと群雄割拠で勝ち上がるのが難しいが、史上最高の建設費をかけて完成間近の新ホームグランド、ソフィスタジアムも楽しみだ。

来年もNFLから目が離せないぞ!

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