夢中になりやすい体質

先日、こういう記事を読んだ。

畑正憲さん「動物愛、ふっと消え、今は小説書きたい」

http://mainichi.jp/articles/20160129/dde/012/070/006000c

僕にとって興味深かったのは、動物愛が消えたことじゃなく、記憶力が戻ってきたという一節。以下、引用

『「小説に使うボサノバの歌詞を読むため、ポルトガル語を始めたんです。ラテン語系は動詞の活用が何十通りもあって神経衰弱になるくらい大変なんです。トイレや風呂で毎日覚えていたら、他の記憶力もいっぺんに戻ってきたんです」 動物でも人でも食べ物でも、好きになると徹底的に究めたくなる性分を、「自分でも怖いくらいの愛情過多症」と呼んでいた。』

これを読んで、「ん?なんだか自分もそうだな…。」と、思い当たる節が。
もちろん、ムツゴロウさんみたいに記憶力なんて無いし、そんなに頭にも自信は無い。そうではなくて、「好きになると究めたくなる性分」、これだ。人並み以上にはなれないが、体質的にはそうだと感じることが多い。

例えば、昆虫。こいつとの出会いは幼稚園入園前だった。そしていまでも好きだし、調べたりしたくなる。

はて、俺はいつ頃から、そんな感じなんだろう….。そう思ってみると、記憶がある年齢から、もう既にそんな感じだったのかも知れない…。
そう、最初に夢中になったのは、特撮ヒーローだった。

昭和46年、俺が一歳の時の特撮ヒーローといえば、

思いつくだけでもこんなにいる!!取れ高、半端ない!!

帰ってきたウルトラマン、仮面ライダー、ミラーマン、スペクトルマン、トリプルファイター。

特にトリプルファイターは、俺のハートを揺さぶりまくったのを記憶している。言っておくが、「再放送」で観たんじゃない。リアルタイムで観てた記憶がある。そして夢中だった。

これが、小学校まで続いたんだからなぁ…

ところで畑さん、動物愛はなくなってないらしい。良かった、良かった。

http://www.news-postseven.com/archives/20160209_383455.html

 

 

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

ありがとう!

 いつも使ってる立川のスタジオでよく話をする、とみー君から突然CDをもらったよ。
これから聴きます。うれしいねぇ。warmthというのかな。

若者たち、がんばれ!

 

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

リハーサル

  
今週末のライヴに向けたリハーサルが終わりましたー。

ガラッとチェンジしたGOLZをお楽しみにっ!

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

当事者ということ。

物語はいつだって誰かのこと。

でも「現在」を生きる僕らは、歴史の主人公。自分の物語の主人公。

僕らが直接関わらないことでも、「歴史」の当事者であるという意識は必要だと思うんだ。

だから、どんな問題であっても、自分の問題だと思ってほしい。

僕はそう考えてる。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

freedom & fairness

自由と公正さを求める戦いに終わりはない。それは、自由と公正さを与えたくないと考える人が絶えることはないからだ。

そして、あらゆる階級、あらゆる社会で起こりうるこの戦いにおける当事者、それが自分自身なんだと考えなくなった時、僕らの敗北は確定し、支配者にとって都合の良い奴隷となる。

しかし、周囲が奴隷で溢れかえったとしても、僕は決して戦うことを諦めない。

僕の魂は僕自身のものであり、僕の生命は僕自身のものであるからだ。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

さぁ、はじまるぜ!

  
GO! DENVER!

久しぶりの正装で観戦中!

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

ヘンガオ。

  
  
おおぜきれいかと写真を撮ってみた。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

15回目の記念日。

  
日記帳です。今日でつけ始めて15年が経ちました。早いものです。

みなさんも、何か続けてることってありますか?

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

ものの判断基準

善とか悪とか、良いとか悪いとか。ものの判断というのはとても難しい。

人間同士が関わる社会では、判断基準としてのルール=法が持ち込まれることで、なんとか合意を形成することができる。

まだルールが無いものについては、判断基準が曖昧だからこそ、ルール作りを含めた論理的思考が求められると思うのだが、議論が苦手な人々の集まりでは、どうも感情による判断が多くなりがちで、二項対立に持ち込んでしまった挙句に、先送りということが多いようだ。

一つの議案に対して、建設的に議論するためには、時には相手の意見に対する批判も必要で、それは決して個人を否定しているわけではないし、あるいは二項対立に持ち込んで自分の正義を貫くためではないということを今一度確認しておきたい。

そしてそんな場合であればこそ、まずは議論のテーブル作りが必要で、そのテーブルは「論理的かつ合理的であるかどうか」という条件に基づき作られなければならないはずである。

その部分を曖昧にして、議論を重ねていっても到底答えにたどり着くことは難しく、やはり、先送り、最悪の場合は、意見の強い方が勝ちという、単なる報告会議になってしまいがちだ。

したがって、そんな不毛な時間を過ごすのではなく、会議に参加する人たちは、常に論理的思考を持ち、判断基準を単なる感情や自分の価値観にしてしまわないよう注意することだと僕は考える。

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す

ロニーウッドショー

http://www.nhk.or.jp/yougaku80/program/rws.html  
第一回目を観たが、チョー面白かった! 

2回目は、2/16。なんとゲストはスラッシュらしいぞえ!

カテゴリー: Uncategorized | コメントを残す